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眞南風按司 (蘭室) 尚豊王夫人・眞南風按司(まふぇーあじ、1590年(萬暦20年) - 1658年(順治15年)4月4日)は琉球王国の第二尚氏王統の国王夫人、尚豊王の側室。童名は乙美金。號は蘭室。
==人物概要 == 泊里主宗重を元祖とする呉氏大宗家(呉氏我那覇家)五世幸地親方宗廣の長女。崇禎3年(1630年)、父が三司管座敷に叙せられた翌年の1631年、尚豊王夫人となった〔呉姓家譜(我那覇家)http://www.tulips.tsukuba.ac.jp/limedio/dlam/B1241188/1/vol05/htm/kafu-n18.htm〕。その時点で既に高齢であったためか、尚豊王との間に子供ができなかった。そのため、向氏嘉味田殿内の分家筋、屋良按司朝久次男の新田親雲上(冨茂昌・後の新田親方)を猶子として自分の家督を継がせた〔士族門中家譜呉姓家譜、球陽出版〕。最終的には、王府の命により幸地親雲上宗冨(真南風按司の弟)が姉である真南風按司の跡目となり、新田親方がその猶子となった。 真南風按司を立ち口とした家(現仲地家)は17世紀末に系図座が設けられた際に呉姓を賜る。墓は末吉墓、位牌は首里大中の仲地家(現鳥堀)に安置。
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